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This is the archive for May 2011

豊玉姫の出産・・・
 210   話 変わって     トヨタマ姫
      波風 強い     日を選び
      妹 である     玉依姫(タマヨリヒメ)
      伴い 海辺に     やってくる

解説・・・
玉依姫(タマヨリヒメ)を伴ってやってくるのは、
日本書紀だけに、書いてあります。

 211   いよいよ子供を     産む時に
      トヨタマ姫は     申します
      「私のお産     する姿
      どうか 見ないで     下さいね」
 212   しかし ホホデミ     我慢できず
      そっと のぞき見     してしまう
      トヨタマ姫の     その姿
      竜(りゅう)に 化身し     産んでいた

解説・・・
日本書紀は、竜ですが、古事記は、鰐(わに)と書いてあります。

 213   トヨタマ姫は     恥じ入って
      「こんな 辱(はずかし)め     受けぬなら
      海と 陸とを     通い来て
      いつまでも共に     暮らせたのに
 214   もはや 仲良く     暮すこと
      かなわぬ事と     なりました」
      そして 産んだ子     茅(かや)に 包み
      海辺に 置いて     帰ります
 215   こう言う訳で     赤子の名
      変った名前を     つけました
      彦波瀲武(ヒコナギサタケ)     鵜草葺(ウガヤフキ)
      不合尊(アエズノミコト)     と言う名です

ヒコホホデミのお墓・・・
 216   時が 久しく     経って後
      ヒコホホデミは     亡くなられ
      日向(ひむか) の 高屋(たかや)     山の上
      手厚く 埋葬     されました

解説・・・
日本書紀では、ヒコホホデミの墓は、
日向(ひむか)の高屋(たかや)の山の上 と記されています。
古事記には、高千穂の山の西と記されています。
この比定地も、鹿児島、宮崎の、あちこちにあります。

ウガヤの子供・・・
 217   ウガヤが大人     になった時
      育ててくれた     叔母さんの
      タマヨリ姫と     結婚する
      そして子供を     もうけます
 218   まず彦五瀬(ヒコイツセ)     次に稲飯(イナヒ)
      次に三毛入野(ミケイリノ)     次に神武(ジンム)
      天皇となる     神日本(カムヤマト)
      磐余彦(イワレヒコ) が     生まれます

解説・・・
日本書紀と、古事記とでは、
兄弟の名前が微妙に違いますが、ほぼ同じです。


ウガヤのお墓・・・
 219   時が久しく     経って後
      ウガヤの尊(みこと)は      亡くなられ
      日向(ひむか) の 吾平(あひら)     山の上
      手厚く 埋葬     されました

解説・・・
日本書紀では、ウガヤの墓は、
日向(ひむか)の吾平(あひら)の山の上、 と記されています。
古事記には、記述がありません。

これで、第二巻、即ち、神話は、おわりです。

故郷への帰還・・・
 198   トヨタマヒメが     気がついて
      父の 海神(わたつみ) に     相談す
      「きっと故郷(ふるさと)     恋しくて
      溜め息つかれた     ようですよ」
 199   ヒコホホデミに     ワタツミは
      優しい言葉を    かけなさる
      「もし 郷(くに)へ戻る     お気持なら
      我らが送って     差し上げよう」
 200   例の釣針     渡しつつ
      ワタツミ 策を     授けます
      「この釣針を     兄上に
      返す時には     唱えなさい
 201   そっと『貧鉤(マジチ)』と     唱えなさい
      この呪文(じゅもん)は     兄上が
      貧しくなるとの     呪文です
      唱えた後に     渡しなさい」

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。

魔法の玉・・・
 202   それから ワタツミ     お土産(みやげ) に
      潮満瓊(しおみつたま) と     潮涸瓊(しおひたま)
      ヒコホホデミに     奉(たてまつ)り
      使う方法     教えます
  203   「潮満瓊(しおみつたま)を     使われると
      兄上にだけ     潮が満ち
      兄上 溺(おぼ)れて     助けを乞う
      こうして兄上     懲(こ)らしめる
 204   潮涸瓊(しおひたま)を     使われると
      潮はたちまち     引いてゆく
      こうして兄上     悩ませば
      兄上 あなたに     降参 す」

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。

出発の時・・・
 205   ヒコホホデミが     お礼を言い
      いよいよ帰る     その時に
      トヨタマ姫が     申します
      「私に あなたの     子ができた
 206   まもなく産む日     やってくる
      波風強い     日を選び
      海辺に 急いで     参ります
      産屋(うぶや)を ご用意     くださいな」

解説・・・
ここは、日本書紀だけに、書いてあります。

海幸降参・・・
 207   ヒコホホデミは     ようやくに
      故郷(こきょう)の 宮に     戻られて
      釣針を 兄の     ホノスソリに
      呪文を唱えて     返します
 208   その後 ワタツミの     言う通り
      ホノスソリは     貧乏に
      そして とうとう     弟に
      「お仕えします」と     降参す
 209   ヒコホホデミは     兄を許し
      ホノスソリは     この後に
      吾田君(あたのきみ) 小橋(おばし)     の祖となる
      即ち 隼人(はやと)の     祖となりぬ

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。
吾田君(あたのきみ) 小橋(おばし)の祖というのは、
日本書紀だけに、書いてあります。

海神(わたつみ)の宮・・・
 188   立派な垣根が     取り囲み
      輝く 御殿の     宮でした
      門の前には     井戸があり
      井戸の上には     桂の木
 189   ヒコホホデミは     木の下を
      ヨロヨロ歩き     回ります
      しばらくすると     門の戸を
      開いて乙女が     出てきました
 190   乙女は井戸に     やってきて
      器に水を     汲む時に
      ふと ホホデミに     気がついて
      驚き すぐに     宮に戻る
 191   乙女は 声を     弾(はず)ませて
      その父母に     話します
      「珍しい客     お出でです
      門の木の下に     おられます」

解説・・・
古事記では、桂の木の上に、最初、侍女が発見しますが、
上記のように、日本書紀では、木の下で、最初、トヨタマ姫が発見します。


釣針発見・・・
 192   海神(わたつみ) すぐに     客人を
      恭(うやうや)しくも     迎え入れ
      八重の 畳(たたみ) に     坐らせて
      訪問の 趣旨     お聞きする
 193   ヒコホホデミは     来た訳を
      こと 細やかに     話します
      話を聞いた     海神(わたつみ) は
      大小の魚     集めます
 194   海神(わたつみ)の問いに     魚たち
      声を揃えて     答えます
      「赤鯛(あかたい)  この頃     口の中
      病気のために     来られません」
 195   それで 赤鯛(あかたい)     連れて来て
      口の中をば     探ります
      思った通り     その中に
      無くした釣針     見つけます

解説・・・
古事記では、三年経ってから、釣り針発見となりますが、
上記のように、日本書紀では、最初に、釣り針発見となります。


三年滞在・・・
 196   ヒコホホデミは     安心し
      会った乙女と     結婚す
      乙女の名前は     豊玉姫(トヨタマヒメ)
      そして 宮で     暮らします
 197   楽しい時を     過ごすうち
      あっという間に     三年目
      ふと思い出す     故郷(ふるさと) を
      そして溜め息     つかれます

道具の交換・・・
 178・・・話は 次に     移ります
      海幸 山幸 の     話です
      兄 ホノスソリ     釣りが得意
      それで海幸と     呼ばれます
 179   弟 ホホデミ     狩りが得意
      それで山幸と     呼ばれます
      ある時 二人は     相談し
      お互い 道具を    交換す
 180   ところが お互い     獲物なし
      兄は 悔(く)いて     弟の
      弓矢を返し     「釣竿を
      返してくれ」と     言いました
 181   けれど 弟は     釣針を
      魚に取られ     返せない
      それで 仕方なく     新しい
      釣針作って     返します
 182   兄は それを     受け取らず
      「元のを返せ」と     はねつける
      困った 弟     刀から
      籠一杯の     針作る
 183  兄は それも     受け取らず
      「元のを返せ」と     言い罵(ののし)る
      どうする事も     できなくて
      弟 浜辺を     さ迷いぬ

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。

塩土老翁(シオツツノオジ)・・・
 184   その時 ちょうど     浜辺にて
      塩土老翁(シオツツノオジ)に     出会います
      「あなたは どうして     浮かぬ顔
      されておられる     のでしょうか」
 185   ヒコホホデミは      話します
      事の 顛末(てんまつ)     話します
      翁(おきな)が すぐに     答えます
      「心配すること     ありません
 186   私が 良いこと     教えましょう」
      言うや すぐに     ホホデミを
      無目籠(まなしかたま)の     竹籠(たけかご)の
      舟を 海へと     押し出しぬ

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。


海神(わたつみ)の宮・・・
 187   舟は 自然に     海を行き
       きれいな小浜に      辿り着く
      それで舟を降り     歩き出すと
      海神(わたつみ)の宮の     前に出る

解説・・・
古事記では、海の底に着く感じですが、
上記のように、日本書紀では、海のかなたの、
ある海岸に着く感じがします。

笠狭碕(かささのみさき)・・・
 165   笠狭碕(かささのみさき)の     ある場所は
      吾田(あた)の長屋(ながや)     という所
      その地に 男     一人いる
      名は事勝国(コトカツクニ)     勝長狭(カツナガサ)
 166   ニニギが彼に     問いかける
      「ここに住む場所     あるのかな」
      事勝国(コトカツクニ)が     答えます    
      「お好きな場所に     住みなされ」

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。
但し、コトカツクニという国つ神は、日本書紀だけです。

笠狭碕(かささのみさき)の比定地は、沢山あります。
最も有名なのは、鹿児島県の笠沙町です。
但し、これさえも、伝承地としては、古くからありましたが、
笠沙町という町名は、近代での後付です。
現在は、南さつま市内です。
宮崎では、私の知っているのは、三ヶ所です。
一つは、青島のサンクマールのある辺り。
一つは、西都市の都萬神社の西隣の辺り。
一つは、延岡市の愛宕山そのもの。
愛宕山は昔、笠沙山と呼ばれていたそうです。
延岡市は、その昔、県(あがた)と呼ばれていたそうです。


この花さくや姫・・・
 167   ニニギは大層     気に入って
      ここに住もうと     決められる
      この地に住んで     ある時に
      一人の美人に     会いなさる
 168   その人の名は     鹿葦津姫(カシツヒメ)
      この人いくつか     名前あり
      神吾田津姫(カムアタツヒメ)     とも言われ
      木花之開耶(コノハナノサクヤ)     姫とも言う
 169   ニニギが乙女に     声かける
      「そなたは誰の     子供かな」
      乙女は答え     「天つ神(あまつかみ)と
      大山祇(オオヤマツミ) との     子供です」
 170   ニニギはすぐに     妃(きさき) とす
      すると一夜(ひとよ)で     子を孕(はら)む
      ニニギは疑い     「おかしいな
      いくら 天つ神(あまつかみ)     と言えども
 171   一夜で孕むは     ないだろう
      私の子では     ないだろう」
      ニニギの言葉に     カシツ姫
      あまりの無礼に     怒ります

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。
但し、古事記は、この後、イワナガ姫の話が追加されています。


火中出産(かちゅうしゅっさん)・・・
 172   それで無戸室(うつむろ)に     閉じこもり
      誓約(うけい) の言葉を     申します
      「もしも この子が     天つ神(あまつかみ) の
      子供でないなら     焼け死にます
 173   天つ神(あまつかみ) の     子供なら
      火の中でも     死にません」
      と言うや否や     無戸室(うつむろ)に
      火をつけ子供を     産みまする
 174   そして最初に     火をつけて
      炎が赤々     燃え上がり
      煙りの末から     生まれた子
      火闌降(ホノスソリ)と     名をつける
 175   次に 熱を避け     生まれた子
      彦火火出見(ヒコホホデミ)と     名をつける
      そして最後に     生まれた子
      火明(ホノアカリ) と     名をつける
 176   こうして三柱(みはしら)     無事生まれ
      ニニギも我が子と     認めます
      奇蹟が起こり     カシツヒメの
      火中出産(かちゅうしゅっさん)     成就(じょうじゅ)する
 177   時が久しく     経って後
      ニニギが崩御(ほうぎょ)     なされます
      筑紫(つくしの)日向(ひむかの)     可愛之山(えのやま) に
      手厚く埋葬     されました

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。
ところが、生まれてきた子の名前が、日本書紀と、古事記とでは、
まるで違います。
日本書紀は、上記のように、_倆豺(ホノスソリ)、
彦火火出見(ヒコホホデミ)、2侈(ホノアカリ)の順です。
ところが、古事記では、_仂函淵曠妊蝓法
火須勢理(ホスセリ)、2弍麝(ホオリ)の順です。
どうして、こんなに全く違う伝承になったのか、不思議です。
長男が、後に、海幸彦と呼ばれるのは、同じですが、
山幸彦の方は、日本書紀では、次男がそれに当り、
古事記では、三男がそれに当たります。

解説・・・
日本書紀では、ニニギの墓は、可愛之山(えのやま) と記されています。
古事記には、記述がありません。
神様に、お墓が必要なのか、不思議ですが、おそらく、日本書紀では、
より、歴史書として、人間らしく見せるため、墓を設定したのでしょう。
可愛之山(えのやま)の比定地が、鹿児島、宮崎の、あちこちにありますが、
どれも、怪しげです。昔の伝承や、神社の由緒などは、「言った者勝ち」
のような所があって、まゆつば物が、多いようです。

ここから、いよいよ、日向(ひむか)神話が始まります。

天孫降臨・・・
 160   遂に 国譲り     実現し
       タカミムスヒは     喜んで
      真床追衾(まとこおふすま)     用意する
      玉座(ぎよくざ)の蒲団(ふとん)     用意する
 161   この御蒲団に     皇孫(すめみま) の
      瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を     坐らせて
      いよいよ地上に     天降(あまくだ)る
      中つ国(なかつくに) へと     出で立ちぬ
 162   天磐座(あまのいわくら)     出発し
      天八重雲(あめのやえぐも)     押し分けて
      道を かき分け     かき分けて
      高千穂峯(たかちほのみね) に     天降(あまくだ)る
 163   日向(ひむか)の 襲(そ)の     高千穂に
       天 降られる      その様子は
       槵日(くしひ)の 二上(ふたがみ)     そこにある
      天浮橋(あまのうきはし)     通り過ぎ
 164   浮き島 の平地     立ち寄って
      やせ宍(しし)のような     不毛の国
      丘が続く国     越えに越え
      笠狭碕(かささのみさき) に     到着す

解説・・・
基本的には、日本書紀も、古事記と、ほぼ同じストーリーです。
但し、古事記は、この後、サルタヒコの話が追加されています。

降りた場所は、奈良時代の書物の七ヶ所に記載されています。
古事記(西暦712年)では、
 崔淹腓瞭向の高千穂のくじふる嶽」とあります。
日本書紀(720年)の本文では、
◆崙向の襲(そ)の高千穂」とあります。
日本書紀には、異伝も書かれていて、
第九段第一の異伝では、
「筑紫の日向の高千穂の槵触(くしふる)峯」とあります。
第九段第二の異伝では、
ぁ崙向の槵日(くしひ)の高千穂峯」とあります。
第九段第三の異伝では、
ァ崙向の襲の高千穂の槵日の二上の峯」とあります。
第九段第六の異伝では、
Α崙向の襲の高千穂の添(そほり)の山の峯」とあります。
風土記(713頃)の日向の国編(逸文のみ)の知鋪郷(ちほのさと)の項では、
{日向の高千穂の二上の峯」とあります。

降臨の比定地は、二ヶ所あります。
「宮崎県西臼杵郡高千穂町」と
「宮崎・鹿児島県境の高千穂の峯」です。
いずれにせよ、宮崎県に降臨したのは、間違いありません。
北の高千穂町付近には、関係名称として、
高千穂町、二上山、槵触神社があります。
南の高千穂峰付近には、関係名称として、
高千穂峰、曽於(そお)市があります。
曽於(そお)は、襲(そ)からきた名称と言われております。