「こんなに眺望が良くなるとは、自分でも驚いています(笑)」
浜田: 平成17年6月に会社を設立し、翌18年5月に仮オープンしまして、実はまだグランドオープンしていないんですよ。自分としてはまだ、施設、設備など満足していないというか・・・。何事もスローにしなきゃ、急ぐとお金がかかるんですよ(笑)。
吉田: ずいぶん広い土地ですが、どれくらいあるんですか?
浜田: 施設とガーデンで400坪、農園が1500坪、5反あります。5反あって初めて「農民」を名乗れる。元々は個人所有のみかん山で、道も通ってなかった。たまたますぐ目の前を道路が通り、山が切り拓かれると、かねてから思い描いていたようなすばらしい眺望になり、自分も周りの人も驚いているところです。
吉田: 浜田先生(綾中学校長を務めておられた経歴から皆さんからこう呼ばれています)はスローフードジャパンの副会長、そして宮崎・綾スローフード協会会長を務めておられます。「スローフード」は全国的なブームですが、改めて「スローフード」とは、どういうことを目指しているんですか?
浜田: 「スローフード」というのは、イタリア・ピエモンテ州で起こった運動で、促成栽培やファーストフードに対抗して始まったものです。自分たちの食べ物がどこから来て、どういう味で、自分たちの食べ物の選択がどのように世界に影響を与えるのかに気づき、食べ物を通して幸せな未来を築くことを目的としています。単に「ゆっくり食べて食を楽しむ」というわけではありません。例えば豚を見てみると多用な種類がいましたが、人間に都合が良いように改良を加えた結果、原種がいなくなってしまった。これを保護することもスローフードの目的です。
スローフードと出会い、1ヶ月で協会を設立
吉田: なかなか難しい理念ですが、スローフードの概念と先生が出会ったのは?浜田: それを理解してもらうには、私の経歴を簡単に知ってもらった方が早いかもしれません。
私は日南市で農家の長男として生まれました。親からは地元に残り、公務員として兼業農家を継ぐことを期待されていました。「大学に行きたい」と親に言うと「教師になるならば」という条件で東京農業大学に行かせてもらい、教師になりました。
最初の赴任地は都城農業高校そして高鍋農業高校と、合わせて14年間教員を勤めた後、教育委員会へ。18年間社会教育主事を務めました。
その頃、時代は生涯学習ブーム。私は生涯学習担当で、生涯における生き甲斐の大切さについてたっぷりと、身をもって学びました。
続いて世の中は高齢化社会問題が表面化していき、今度は県庁の高齢対策課へ。
その後自然ブームが訪れると「御池少年自然の家」の所長に命ぜられ就任。
こうやって振りかえると、その時その時でもっともタイムリーな職場にいて、幸運にも先進的な取り組みをしている人たちと出逢うことができたわけです。自分にとっては大きな財産だと思っています。
54歳のとき、18年ぶりに教育現場に戻ることとなり、綾中学校の校長になりました。これが自分の第2の人生に向け大きな転機となりました。
皆さんもご存じの通り、前の綾町長に郷田實氏という方がいました。かつて夜逃げの村と呼ばれた綾町を見事全国に名を轟かせるほど素晴らしい町に改革した人です。
郷田前町長の考え方に感銘を受けたこともあり、自分の校長の任期中に、「学校と地域を結びつけることにより、町おこしをする」という課題を自らに課しました。例えば、3泊4日のコミュニティスクールです。綾中学の3年生のプログラムとして、自分の住む町のことを徹底して学ぶ合宿をしました。町内にある22のすべての公民館長さんとの懇談会や、地域の伝統料理やあくまき作り、地元の食材を使ったピザ作り、田植えなどを地元の方に指導してもらいました。 その3日間の校長先生は地域の先生に務めてもらいました。
吉田: まさに生きた教育ですね!私も子ども時代にそんな合宿に参加したかったです。子どもたちは自分の生まれ育ったまちの良さや価値を再発見できるし、故郷への愛情を育んでくれるようになるでしょうね。
浜田: まったくその通りです。それでようやく話は私とスローフードの出会いにつながるわけですが、綾中校長時代に、ある雑誌でスローフードという言葉を見たとき、その概念がかねてから郷田町長が言っていたことと全く同じだったんですね。
吉田: その定義とは?
浜田:
定義1.その土地の産物であること
定義2.素材の質が良いこと
定義3.その土地の風習にあった生産物であること
定義4.その土地に活気を与え、強度の社会性を高める食品であること
この4つです。郷田町長は常々「おいしいものは持ち出すな」と言っていました。まさに、スローフードです。この理念と出会って、私は1ヶ月以内に「宮崎・綾スローフード協会」を立ち上げました。今の日本の本部となる「スローフードジャパン」も無かった時代です。出来て1年の間になんと200人もの人が「スローフードって何?」と聞きに来ましたよ。
吉田: なんという行動力!まだ現役の校長先生の時代ですよね!それだけでも数々の抵抗やご苦労がおありだったということは想像に難くありませんが・・・。
わくわくファームは楽しい食の楽園
吉田: 今は早期退職で校長先生をお辞めになり、綾わくわくファームで第2の人生の夢を追いかけていらっしゃるわけですが、ここではどんなことをされているんですか?
浜田: イタリアのスローフード協会が事業体としてやっていることをここでもやろうと。食育をはじめ食に関するイベント、環境保護、地場産業の振興ですね。
吉田: 具体的には?
浜田: 食育としては、料理教室やラジオ番組による啓発(『綾ラジオ畑』毎週土曜日午前9:15〜9:30・『綾日和』毎週土曜日午後3:10〜3:20)、それに講演です。
食のイベントとして好評を博しているのがスローフードまつりです。参加者にはマイ箸と、地元の陶芸作家が作ったマイカップを持って、6カ所のポイントをまわってもらいます。そこには地元でとれた食材を使った料理、例えば手作りソーセージ、そば汁、野菜料理、ニョッキなど。料理は綾町内のシェフたちに担当してもらいます。そして、焼酎・ビールは飲み放題。去年は2回目となりましたが、あっというまに予定の200名分のチケットが売れましたよ。綾の素晴らしい自然の懐に抱かれながら、自分の足で歩いて美味しいお料理を食べる。最高に幸せを感じますよ。
吉田: 新聞で読みましたが、本当に魅力的なイベントですよね!今年はいつ開かれるんですか?
浜田: 11月7日です。料金は飲み放題込みで、5000円か6000円を予定しています。
吉田: それから、環境保護や地場産業の振興というのはどんなことを?
浜田: 環境保護としては、有機農業を推進したり、地域の皆さんにコンポスト(堆肥)づくりの指導をしています。地場産業の振興では、今は予約のみになりますが、ランチ営業をしています。もちろん、全て綾町内の食材を仕入れて、食から綾の魅力を発信しています。
浜田: ところで吉田さんは国が唱えている『二地域居住』という言葉を聞いたことがありますか?
吉田: 初めて聞いた言葉です。
浜田: 直接的に説明すると、週末や1年のうちの一定期間を別の地域で暮らすライフスタイルのことです。綾町もそうであるように、全国の農林水産業が主な産業である地域では、人口の流出が大きな問題です。ですから都会で暮らす人たちに、生活の基盤は都会で、そして余暇は好きな田舎で人間らしい暮らしをしてもらうことで、人と町に活力を注入していくことを目的とした施策です。まずは長期で体験的に農村を味わってもらい、居住する地域を決める参考にしてもらおうと、九州各地で体験型のプログラムが組まれています。『おとなの長旅・九州』というのがそれですが、実は私はこの綾町のコンシェルジュをつとめています。4泊5日の体験型プログラムを組んで、綾に滞在してもらい、収穫作業やソーセージの手作り体験をしたり手つかずの原生の照葉樹林を散策したり、それこそスローフードをたっぷり味わってもらったり。今年3年目となる事業ですが、参加された方には好印象との感想をいただいています。
吉田: お話を伺っていますと、とても精力的に理想を追い求めていらっしゃって、いわゆる「悠々自適な第2の人生」という感じでもないですね。
浜田: 本当はね、ワークタイムは午前中で終わって、午後はゆーっくり好きなことをして過ごすというのが理想なんですけど、そうはいきませんね。しかしいつも思うのは、これは自分にとって「義務」ではなく、「生き甲斐」でやっていることなんだから、義務でやっている人に負けてはおかしいぞと。
吉田: ちなみに、ここはまだ仮オープンということですが、グランドオープンはいつ頃になりそうですか?
浜田: あと2年かな。これからまだまだやりたいことがたくさんあって、今取り組んでいるのは会員制の農園づくりです。15坪を1区画としてメンバーに貸し、常に来られる方には自分で野菜作りに取り組んでもらったり、遠方の方には畑の管理もしてあげて、収穫した野菜を送ってあげるということを考えています。
もうひとつは、畑の中に宿泊可能な小屋を作り、年間50万円くらいで都会の方にレンタルします。まさに「二地域居住」がここで出来るような「クラインガルテン」という形に発展させたいと考えています。
「作ることと共に食べることは人間である証」
吉田: そこまで先生を夢に駆り立てる「食」の魅力って何なのでしょうか。浜田: よく考えてみてください。『作ること』『共に食べること』はほかの動物には無い、人間だけの営みです。作ることはすべての思考を誘引します。食べることはコミュニケーションの手段としての人間の特質なのです。時間をかけて育てた食材で料理を作り、時間をかけて共に味わう、これはやがてスローライフに発展し、スローライフが可能な町はスローシティに移行していくんです。
実はスローライフ協会では綾が一番スローシティに近いと言っています。綾町は物価が安定しているし、道路が整備されていてバリアフリーも進んでいる住みやすい町だということです。今後もますますほかの地域が手本にしたい町になるようにしていきたいと思っています。
吉田: 今日は貴重なお時間どうもありがとうございました。
おまけ♪
噂には聞いていましたが、お料理もプロ級です。いとおしそうに野菜を切る姿、鼻歌を歌いながら炒める先生の笑顔、食べることだけでなく全てのプロセスを楽しんでいらっしゃるのが伝わってきました。食って本当に人を幸せにしてくれるんだな。スローフードの意味を体感した出来事でした。
とてもおいしかったです。ごちそうさまでした!