みやんこんじょ便り
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がんばれ宮崎

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2010.3.23
10年前、予備校に通っていました。40歳の時です。その予備校は週3回で授業が組まれており、残りの日々は、自習室を自由に使って予習復習をするシステムでした。ですから授業料も30万くらいでした。いつも前列に座っていると、東大を目指す男の子と仲良くなりました。一浪の18歳がほとんどです。

ある日、自習室へ行こうと階段の踊り場に出ると、しゃがみこんで煙草を吸っていたふたりの男の子が、すっと立ち上がり「こんにちは!」と元気よく声をかけてきました。誰だろうと思っていたら、東大受験生の旧知の友人でした。歌舞伎町で居酒屋をやってるおっさんが勉強しにきていると聞いたのでしょう。パンチパーマ風の短髪に、ヤンキー風の服装の彼らに挨拶されたので、歌舞伎町で仕事をしているとはいえ、その手のかたがたとは無縁なのでとまどったものでした。

いつしか仲良くなり、『みやこんじょII』の前身『早稲田ヒロイン・レイ』でご馳走なんぞしながら、長渕剛を熱唱していました、彼らが。そこで、「いっどどまけしんかぎいきばいやんせ」も歌ってもらいました。「一度どまけ死ん限い気張いやんせ」〜「一度くらい死ぬくらい頑張りなさい」。東京人と島津(薩摩)言葉の勉強会もしました。

あれから10年、東大には二浪して入って今では塾の先生。ヤンキー君はひとりが一浪で歯科大へ、もうひとりが二浪して医科大へ。今では、歯科医師と(研修)医師になっているわけです。今回の結婚式は、研修医と指導官の出会いでした。我々が呼ばれたのは、1.5次会でした。IQの高い集まりだったと思います。自分ひとりが混ざってもびくともしないほどの・・・。

宴もまだ始まらない頃、歯科医師となった彼とフィアンセから11月の結婚式に呼ばれました。そして、3次会の貸切の予約も。投資の30万は、あっという間に回収してしまいました。ああ、いやらしい、いやらしい。


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